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ケルントナー通りとグラーベン通りをただ歩いて撮り続けた写真です。オペラ座から見て右側、左側のケルントナー通り、一件ずつ見てみると昔から有った店の隙間に新規の店舗がちらほら見かける。古都ウィーンでも生存競争の波がある。クリックして下さいスライドショーが流れます。

ハプスブルク家の帝都

バーベンベルク家が1155年にクロスターノイブルクからウィーンに都を移したことに起因する。1278年よりオーストリア公となったハプスブルク家の支配下におかれた。いろいろな国を支配においたため、多民族国家であり、帝国各地からの人口流入により、ウィーンの街ではドイツ語・ハンガリー語・チェコ語・ポーランド語・イディッシュ語・ルーマニア語、ロマ語・イタリア語までヨーロッパのあらゆる言語を耳にすることができたと言われる。

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国際原子力機構(IAEA)・国連ウィーン本部(UNOV)・石油輸出国機構(OPEC)、国連工業開発期間(UNIDO)・ユニセフ(UNICEF)などが入る、そしてその周辺。

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ウィーンの中心地を散策、リンクとは昔の城壁跡でこれをリンクと呼ぶ。中は旧市街地になっており昔から変わっていないといわれるが、やはり少しづつではあるが変化していっている。

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Schönbrunn Palace内にあるCafe,ウィーンを代表する菓子もいっぱいあるが、ウィーンの代表菓子、アップルシュトリューデルのデモンストレーッションも行われる。

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ウィーン市内、ただ歩き回って撮った駄作ばかり。

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ウィーンの路地裏、どこをどう回ったのかうろうろしながらウィーンの街を練り歩く。

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ウィーン市内夜景、交通機関のなくなる夜中まで、あっちこっちをほっつき歩いて怪しまれながら撮りました。ウィーンはほかの都市に比べて安全だといいますが、まさにその通り。でも油断は禁物。